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大阪高等裁判所 昭和31年(ナ)2号 判決

原告 田崎武雄 外一名

被告 京都府選挙管理委員会

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

原告田崎武雄は「昭和三十一年二月二十八日執行の京都府中郡旧五十河村議会議員選挙の効力に関する原告の訴願につき、被告委員会が同年五月十二日なした訴願棄却の裁決を取消す。右選挙はこれを無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を、原告田上義夫は「前記選挙における当選の効力に関する原告の訴願につき被告委員会が同年五月十二日なした訴願棄却の裁判を取消す。右選挙における柿本茂太郎の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告委員会代表者は主文と同旨の判決を求めた。

第二原告等の主張

一、原告等訴訟代理人は原告田崎武雄の請求原因として次のように述べた。

(1)  原告田崎武雄は昭和三十一年二月二十八日執行の京都府中郡旧五十河村議会議員選挙における選挙人であつたが右選挙は以下に述べるような理由によつて無効である。すなわち

(イ) 前記五十河村においては町村合併に関して中郡大宮町に合併すべきか与謝郡岩滝町に合併すべきかにつき村内に両論が対立して紛争を続けて来たのであつて、昭和二十九年九月三十日同村議会は岩滝町合併の議決をしたが村長水口与三左衛門は何故か右議決を執行せず、その後種々の経緯をへて昭和三十一年二月十日村議会議員の総辞職があつたため本件選挙が行われるに至つたものである。このようなわけで本件選挙の結果によつて五十河村が大宮町へ合併するか岩滝町へ合併するかの運命が決せられるという重大かつ深刻な選挙であつたところ、選挙管理委員会委員長田崎徳治は叙上の如く一方に偏ししかも現職村長として村の最高指導者の地位にある水口与三左衛門を選挙長(開票管理者)に選任し自己及びその他の選挙管理委員又は選挙立会人(開票立会人)として選挙会(開票)の事務に参加したのであつて、かくの如きは前記本件選挙の性格に照し著しく選挙の公正を疑わしめるものがある。

(ロ) 本件選挙の開票は午後七時三十分に開始され、各候補者別得票の整理が殆んど終了せんとする午後八時前頃約六、七分間に亘つて開票所の電灯が停電したが、変電所等で調査した結果によれば当夜は何等停電すべき故障は起きていず、右は何びとかが選挙管理者の指示によつて開票事務を妨害する目的で停電せしめたものとの疑が濃厚である。

(ハ) 本件選挙の開票事務進行中前記停電が起るや参観人が多数開票の場所に侵入し酒気を帯びた者も混つて怒声を発し、爾後点燈後もその場を去らず、開票台を取り囲み、随時台上の投票に手を触れたり握つたりして容易に所持の鉛筆類をもつて投票用紙に他事を記入し得られるような状況であり、殊に参観人の一人である吉岡富之助は原告の投票を手にとつて調査し、後述他事記載のため無効とされた投票を検出したりしたのであるが、開票管理者水口与三左衛門は公職選挙法第七十四条により開票所の取締に関し準用される同法第五十九条第六十条等の規定に違反して何等取締の措置を執らなかつたもので右開票手続には重大な違法がある。

(2)  よつて原告は、昭和三十一年三月十一日五十河村選挙管理委員会に本件選挙の効力に関し異議の申立をしたが却下されたので、さらに同月二十九日被告委員会に訴願を提起したところ、被告委員会は同年五月十二日右訴願を棄却する旨の裁決をなし該裁決書は同月十四日原告に交付されたので、ここに右裁決を取消し選挙の無効宣言を求める。

二、原告等訴訟代理人は原告田上義夫の請求原因として次のように述べた。

(1)  原告田上義夫は前記旧五十河村議会議員選挙において立候補した者であるところ、右選挙の議員定数は十二名で、これを一名だけ超過する十三名が立候補をなし、即日開票の結果選挙会において候補者柿本茂太郎の有効得票数は五十四票で最下位当選者、原告の有効得票数は五十三票で落選者と決定した。

(2)  而して、原告の得票中無効投票とされた一票は投票用紙の表面最下部に微細な片仮名の「ソ」の字が記載されたものであるが該投票は左の理由によつて有効のものである。すなわち、

(イ) 本件選挙の開票における各候補者別得票数整理の結果一応原告と当選者柿本茂太郎とが同数の五十四票宛の最下位得票者となつたので、開票従事者においてこれが措置につき検討中、上叙一の(1)の(ハ)に述べたような状況の下に参観人中の一人である吉岡富之助がすでに整理を終つた原告の投票を手にとつて、調査し、検出したのが右の「ソ」の字の記載ある一票であるが、該「ソ」の字の記載は大宮町合併賛成派の何びとかが、岩滝派の候補者である原告の当選を妨害する目的で故意にしたものであることが明かであるのみならず、その書体筆跡、筆力、使用された鉛筆の種類等からしても投票者とは別の第三者が事後に記入したことが明瞭であるから、かかる記載は公職選挙法第六十八条第一項五号のいわゆる他事記載に該当せず右投票は有効である。

(ロ) かりにそうでないとしても、投票用紙の候補者の氏名欄以外の表面の部分に本件「ソ」の記号のようなものが存在してもこれをもつて直ちに投票者を認知せしめるに足る表示とはいい得ないので、この点からしても右は他事記載に当らない。

(3)  されば原告の有効投票数は前記五十三票に右の一票を加えた五十四票であつて、原告と柿本茂太郎とは最下位の同点者となり、改めて抽籖等によりいずれか一方を当選者と決定すべき場合であつたにかかわらず、事ここに出でずして柿本を当選者とした選挙会の右決定は無効である。

(4)  よつて原告は、右の決定を不服として昭和三十一年三月二日旧五十河村選挙管理委員会に対し柿本の当選の効力に関し異議の申立をしたがこれを却下されたので、さらに同月二十九日被告委員会に対して訴願を提起したところ、被告委員会もまた同月十二日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、該裁決書は同月十四日原告に交付されたので、ここに右裁決を取消し柿本の当選の無効宣言を求める。

第三被告の答弁

被告委員会代表者は答弁として次のように述べた。

昭和三十一年二月二十八日京都府中郡旧五十河村議会議員の選挙が行われ、右選挙において原告田上義夫が立候補した者であり、原告田崎武雄がその選挙人であつたこと及び原告田上義夫主張の(1)の事実、並びに原告等よりそれぞれ第二の一の(2)及び第一の二の(4)の各異議訴願があり、被告委員会において昭和三十一年五月十二日右各訴願を棄却する旨の裁決をなし該裁決書が同月十四日原告等に交付されたことはいずれもこれを認めるが右選挙及び右選挙における柿本茂太郎の当選が原告等主張のような理由によつて無効であるとの点はこれを争う。

原告田崎武雄主張の(1)の(イ)の事実について、

本件選挙が原告田崎武雄の主張する如く町村合併の可否を住民に問う選挙の性格を帯びていたことはそのとおりであるが、村選挙管理委員会は従来からの慣例に従つて選挙長(開票管理者)に現職村長たる水口与三左衛門を選任したものであり、また選挙立会人(開票立会人)についても、各候補者よりの届出がなかつたので、公職選挙法第七十六条によつて準用される同法第六十二条の規定により選挙長が村管理委員会の委員長及び委員をこれに選任したものであるから、右選任行為には何等の違法がない。

同じく(ロ)の事実について、

本件選挙の開票中一時停電があつたことは原告の主張するとおりである。原告は右停電が故意に選挙妨害の目的をもつてなされたものであり、しかも選挙管理者の指示によるものであると主張するが、この点を各方面にわたつて調査したが何等の確証も得られず、原告の主張自体具体的証拠によらない推定論の域を出ないものであつて採るに足らない。

同じく(ハ)の事実について、

本件選挙における開票の当夜選挙会場(開票所)にあてられた村役場事務室には二十数人の者が参観人として入場しており、この中十七、八人が同室に隣接せる書庫において参観していたものであつて、開票が開始されてから各候補者の得票数の整理が終了するまでこれらの参観人が場内に侵入し怒声を発したような事実はない。ただ右開票所(選挙会場)はこれと参観人の席とを区分する設備がなく参観人が自由に選挙会場内に立入り得る状態にあつたので得票整理が終了後当選決定までの間数名の者が場内を徘徊した事実はあるがこの程度の事実があつたのみでは選挙の自由公正が害されその結果に異動を及ぼす虞があつたものとはいうことができない。また参観人の一人である吉岡富之助が直接投票に手を触れたことも事実であるが、同人が無効投票を検出したものではなく、これが発見は開票事務従事者の自発的意志によるものである。参観人が選挙会場(開票所)に侵入し投票に手を触れ被選挙人の氏名得票数を認知したにもかかわらず選挙長がこれを制止しなかつたのは場内の秩序維持に欠くるところがあつたといわれても仕方がないが、参観人は単に投票に手を触れ、被選挙人の氏名得票数を認知したに止まり何等の作為を加えたのでもないから、これをもつて選挙を無効とする理由はない。

原告田上義夫主張の(2)の(イ)の事実について

原告は本件「ソ」の記載は投票後投票者の意思に基かず第三者によつて加筆されたものであると主張するが、かかる事実を確認するに足る何等の証拠がないので、投票者において記載したものと認めるの外なく、従つて他事記載といわざるを得ない。

同じく(ロ)の事実について

原告は投票用紙の候補者の氏名欄以外の表面部分に記載された本件「ソ」の字の如きは他事記載に該当しないと主張するが、いやしくも投票用紙における候補者の氏名以外の記載であつて有意的に書かれたものは、公職選挙法第六十八条第一項第五号但書によつて許容されたもの以外はすべて他事記載と解するのが相当であるから、右「ソ」の文字の如きはその書かれた箇所の如何を問わず他事を記載したものといわざるを得ない。

以上の次第であるから、原告等の本訴請求はいずれもその理由がない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

昭和三十一年二月二十八日京都府中郡旧五十河村議会議員の選挙が施行され、右選挙において原告田上義夫が立候補をした者であり、原告田崎武雄がその選挙人であつたこと、右選挙の議員定数は十二名でこれを一名だけ超過する十三名が立候補をなし、即日開票の結果選挙会において候補者柿本茂太郎の有効得票数は五十四票で最下位当選者、原告田上義夫の有効得票数は五十三票で落選者と決定されたこと、及び原告等は村選挙管理委員会に対し右選挙の効力並びに柿本茂太郎の当選の効力に関し各異議の申立をしたが却下されたので、それぞれさらに被告委員会に訴願を提起したところ、被告委員会は昭和三十一年五月十二日右各訴願を棄却する旨の裁決をなし該裁決書が同月十四日原告等に交付されたことは、いずれも当事者間に争のないところである。

原告田崎武雄は右選挙はその挙示する第一の一の(1)の(イ)乃至(ハ)の事由によつて無効であると主張し、原告田上義夫は右選挙における柿本茂太郎の当選は同じく第二の二の(2)及び(3)に述べる理由によつて無効であると主張するので、以下これらの点について判断する。

一、原告田崎武雄の選挙無効の主張について、

(イ)の事実について、

本件選挙において現職村長水口与三左衛門が選挙長(開票管理者)となり、村選挙管理委員会の委員長及び各委員が選挙立会人(開票立会人)となつてその事務に従事したことは当事者間に争のないところであるが、公職選挙法第七十五条、同法第七十六条によつて選挙立会人に準用される第六十二条の規定等によれば、選挙長は当該選挙の選挙権を有する者の中から選挙管理委員会において選任した者をもつて充て、選挙立会人は各候補から届出のない場合には選挙長がこれを選任すべき定めになつているのであつて本件弁論の全趣旨に徴すれば、右の選挙にあつては、前示諸規定に基き村選挙管理委員会が水口与三左衛門を選挙長に、選挙長が村選挙管理委員会の委員長及びその他の委員を選挙立会人に各選任し、且つ同法第七十九条二項によりこれらの者において開票管理者並びに開票立会人を兼ねたものである事実が推認し得られるから、右選挙長及び選挙立会人の選任について違法の廉はない。原告は本件選挙は旧五十河村が大宮町に合併すべきか岩滝町に合併すべきかを決すべき重大な選挙であつたのに、その選挙長として現職村長であり、しかも曽て村議会において岩滝町合併を決議したにもかかわらずこれを執行しなかつたような水口与三左衛門を選任したことは、前叙選挙の性格に照して著しく選挙の公正を疑わしめるものであるというが、かかる選挙において現職村長を選挙長に選任したことは妥当でなかつたかもしれないけれども、これをもつて選挙の公正を著しく害する違法のものということはできない。

(ロ)の事実について、

本件選挙の開票事務進行中午後八時前頃から六、七分間に亘つて開票所の電灯が停電したことは本件各証人の一致した証言により明かなところである。原告は右停電は何びとかが選挙管理者の指示により、開票事務を妨害する目的で故意に行つたものの如く主張するが、かかる事実を認めるに足る何等の証拠もなく、しかも右停電中の開票所の写真であることに争のない乙三号証の二及び証人井上篤次郎の証言によれば、右停電後直ちに開票台上に相当数の蝋燭が点火され開票事務に別段の支障を生じなかつたことが認められるので、右停電事故をもつて本件選挙の違法事由とする上叙主張は採用できない。

(ハ)の事実について、

証人井上篤次郎同井上福治同吉岡富之助同井上雄一郎等の証言及び本件開票所に当てられた旧五十河村役場事務室の検証の結果によれば、本件開票当時二十名内外の村民が参観のため来場して右事務室に隣れる玄関口の廊下や宿直室等で開票の状況を参観しておつたが、該開票の場所と玄関及び宿直室との間にはこれをさえぎる特別の設備もなく自由に出入りし得る状態にあつたので、上叙停電事故が起るや十二、三名の参観人が場内に侵入し、これらの参観人の多くは点灯後も場外に退去せず、一部の者が開票台の周辺に近寄つて候補者の得票数をメモしたりしていたこと、開票が終了して各候補者の得票数を整理した結果、訴外柿本茂太郎と原告田上義夫とがそれぞれ五十四票宛の最下位同点者となつたので、これら両者のうちより一名の当選者を決すべき方法につき選挙会において協議中右参観者中の一人である吉岡富之助が整理ずみの原告田上義夫の投票を手にとつて点検したりしたこと、及び上叙のような状況であつたにかかわらず開票管理者において毫もこれを制止せずそのままに放任していたこと等の事実を認めることができるものであつて、右の点は選挙の管理規定に違反するものといわねばならない。

しかしながら、選挙が法律の規定に違反して無効たるがためにはその違反事実が選挙の公正を害し選挙の結果に異動を及ぼす虞があることを要するところ、本件の場合についてこれを観るに、証人井上篤次郎、同田崎兵治、同吉岡富之助の証言、同井上雄一郎の証言の一部並びに開票場にあてられた旧五十河村役場事務室の検証の結果等を総合すれば、前記参観人の中に原告田崎武雄の主張する如く酒気を帯びた者が混入して怒声を発したために場内が混乱したというような事実は全然なく、参観人の多くは場内中央に設けられたストーブに背を向けて暖をとりつつ開票事務を傍観しており、一部の者が開票台に近ずいて開票従事者の背後から得票数をメモしていた程度にすぎず、たまたまその一人である吉岡富之助が整理ずみの投票を手にとつて点検したとしても、当時場内には開票管理者その立会人及び従事者等多数の者が現在した外、警察吏員が居つて場内看視に任じていたことが認められるのであるから、その間不正を行う可能性のあつたことは殆んど窺われず従つて右投票点検の事実をもつて本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたものとなすことはできない。

もつとも吉岡富之助の前記投票点検後開票従事者岡田勇において右吉岡の「おかしい票がある」との注意により原告田上義夫の投票を再調査した結果、一たび有効投票として整理されたものの中から後述他事記載のため無効と決定された一票を発見するに至つたことは証人岡田勇同吉岡富之助の証言によつて明かであり、かかる事実があれば、普通人として一応そこに疑の目を向けるのも無理からぬところであるから、かりに右吉岡富之助の投票点検行為はこれによつて選挙の公正を疑わしめる状態を現出したものと解すべきであるとしても、本件の場合右は投票の人別整理後のことであつて他に票の増減抹消改ざん等の問題はないのであるから右違法行為の影響は単に前記無効とされた原告田上義夫の一票だけに止まり、選挙全体に及ぶものでないことが極めて明白であるので、右の違法は結局上述の一票の効力の問題に帰し、当選無効の原因にはなるとしても、本件選挙を無効たらしめるものではない。

二、原告田上義夫の当選無効の主張について、

五十河村選挙会が同村議会議員選挙に立候補した訴外柿本茂太郎の有効得票数を五十四票、同じく原告田上義夫の有効得票数を五十三票として、右柿本茂太郎を最下位当選者原告を落選者と決定したことは冒頭説示のとおりであつて、右五十三票以外の原告に対する投票中に投票用紙の表面下部に「ソ」の文字を記載したものが一票あり、五十河村選挙会がこれを他事記載のある無効投票と決定したものであることは被告の明かに争わないところである。

原告は右「ソ」の文字は、投票後に投票者の意思に基かず第三者によつて加筆されたものであるから公職選挙法第六十八条第一項第五号にいう他事を記載した投票には該当しないと主張するけれども、原告の提出援用する書証及び証人の証言等によつては未だそのような事実を認めるに足らず、また右投票の検証の結果によるも、これが候補氏名欄の「田上義夫」なる文字と表面下部に記載された前記「ソ」の文字とは共に鉛筆で記入されておつて、その書体筆跡その他使用鉛筆の種類等の点において両者が相異することは到底確認し難く、他にその異同を断定すべき何等の資料もないので、結局右の「ソ」の文字が投票者と別個の第三者によつて加筆されたものであるとの原告の主張はその証明なきに帰するのであつて、かかる証明なき限り右の「ソ」の文字は一応投票者自身により記入されたものと推認するの外はない。もつとも証人岡田勇吉岡富之助等の証言によれば、本件選挙の開票における各候補者別得票数整理の結果は原告の有効得票数が五十四票となつたが、その後参観者の一人である吉岡富之助が右原告の投票を手にとつて調べたりした後に右投票中に本件「ソ」の字の記載された一票の含まれていることが発見されたものであることが認められるのであつて、原告は叙上の経緯からして右の「ソ」の字の記載は開票当時には存在しなかつたものであると主張するが如くであるが、本件開票に当つて、開票従事者は主として候補者氏名欄の記載を調査して得票整理を行い、その全員が一々投票用紙の全面について周到な調査をしたのでないことが証人井上福治の証言に徴し明かなところであるから、前記原告の投票に記載された「ソ」の文字が得票整理の際に発見されなかつたことの一事によつて直ちにそれが開票当時に存在せず事後に加筆されたものと断定しなければならない筋合はなく、従つて前段認定を覆えすには足りない。

次に原告は、投票用紙の候補者氏名欄以外の表面の部分にたまたま本件「ソ」の文字のようなものが記入されていても、かかる記載は投票者を認知せしめるに足る表示とはいい得ないから、いわゆる他事記載には当らないと主張する。しかしながら、公職選挙法第六十八条第一項第五号が、候補者の氏名及びその何びとなるかを明確ならしむべき事項たる職業身分住所又は候補者を尊敬する意に出た敬称等のほか他事を記載した投票を無効とした法意よりすれば、投票用紙における有意的記載であつて、いやしくも上記の如き法の許容した事項に該当しないものは、その記載箇所の如何にかかわらずこれを他事記載として無効と解するのが妥当であるから、右「ソ」の文字が投票用紙の表面部分に記載されたものであつても上記法の許容した以外の他事の記載として投票を無効ならしめるものといわねばならない。

以上説明のとおりであるから、被告委員会のなした前記各裁決はいずれも正当であつて、これが取消及び本件選挙並びに右選挙における柿本茂太郎の当選の無効宣言を求める原告等の本訴請求は失当として棄却を免かれない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田弥太郎 小野田常太郎 小石寿夫)

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